top of page

第1話

  • 小池 純二
  • 2016年2月23日
  • 読了時間: 5分

外道も美味しくいただきたい  これまでの人生で、遊びという名がつくものは、男女間のものと法律に触れるもの以外はほとんど経験してきたつもりだ。ギャンブル、お酒、タバコ、カラオケ、ゲーム、スポーツ、登山、そして釣り。これらの中でも、いくらやっても飽きないのが釣りである。どうしてここまで夢中になれるのか、ふと考えてみた。

 釣りは、魚とのダイレクトなヤリトリを楽しむ人もいれば、食べることを主眼に美味しい魚を釣りたい一心で楽しむ人もいる。また釣りを通して自然に触れることを目的に出かける人も多いだろう。最近では、キャッチ&リリースという言葉が闊歩して、食べることなんてとんでもない、という人まで現れた。しかし初めて釣りに連れて行った人たちに聞くと、まず最初に出てくる言葉は、「この魚は美味しいのか?」「食べられるのか?」というものだ。まあ、それほどまでに日本では魚を食べる、という文化が実在するのである。ここで魚をキープするとかしないとか議論するつもりはない。わが釣りクラブのグルメアンドフィッシングという名前に沿って、魚を食べる方向から釣りを考えてみよう。 ひとくちに釣りといっても海釣り、川釣り、湖沼釣り、さらに分ければ船釣り、磯釣り、堤防釣り、渚釣り、ウキ釣り、ブッコミ釣り、投げ釣り、サビキ釣り、カゴ釣り、ダンゴ釣り等々たくさんある。これらの釣りには、だいたい決まったターゲットというものが存在する。すなわち人気の魚種である。船釣りならマダイ、堤防ならクロダイ、磯ならイシダイやメジナ、渓流ならヤマメやイワナ、投げならシロギスやカレイなどがその代表であろう。しかしその狙ったターゲットばかりが釣れるわけではない。むしろ外道と呼ばれる他の魚のほうがたくさん釣れるケースが多い。そんなとき、個々の魚の知識があれば、美味しい魚とそうでない魚の区別くらいは簡単である。ところが、ここでひとつの問題が起きてくる。巷で高級魚とされている魚でも、たいして美味しくないものがあったりする。逆にまずいというレッテルを貼られた魚でも、実はとても美味しいものが存在したりするのだ。もちろん人それぞれに好き嫌いがあるので、すべてが当てはまるわけではないが、不当に低く評価されている魚が多いというのも事実なのである。

まず荒磯釣りで釣れてくるコブダイ。おでこが突出しており通称カンダイとも呼ばれているが、これが意外に美味しい。身は柔らかいものの甘みが強くクセがなく、刺身で十分にいける。

佐渡島のコブダイ

またボラは、嫌われる魚として名高い。それは海底の泥の中にいる虫などを、泥ごと吸い込んで食べる習性があるからだ。湾内の海底にはヘドロが多く、身がこの臭気を取り込んでしまう。ところが外海で釣れるボラは絶品の高級魚に変身する。なぜならば海底に臭い物質が存在せず、臭気とは無縁になるわけである。南伊豆地区などでは、結婚式にボラを出すことがある。実際に民宿でも、ボラとイサキの刺身を同じ皿に並べて出すと、宿泊客は決まってボラのほうばかり箸でつつくのだ。また東京湾ではその昔、江戸前の漁業が盛んだったころ、ボラは高級魚であった。さらに同族で黄色っぽい色をしたメナダはボラ以上に高値で取引されていた。今ではどちらも嫌われる魚の代表だが、海がきれいになりつつある昨今、味も昔に戻って美味しく変身するかもしれない。

妻良のサンノジ

最近はテレビで、釣ったり突いたりした魚を食べるシーンを見せる番組が多い。その中で気になるのは、我々の常識では到底美味しいとはいえない魚を、大声でウマイウマイ、と連呼することである。その魚の代表が二ザダイ。通称サンノジと呼ばれるこの魚は、ほとんどが1年中磯臭く、私は食べることができない。イスズミも同様に磯臭いが、こちらは冬になると海藻が主食になるので、とても美味しく変身する。だがサンノジは冬でも夏でも味は同じ。タカノハダイも同様だ。芸能人の人は辛いなあ~、と思いながらテレビを見るのである。

ただし、この磯臭さを大好きな人もいる。圧倒的に少数派の人間だが、夏のイスズミやサンノジが大好きな人に遭遇したことがある。それは伊豆の三宅島でのこと。ある夏の日に磯で釣りをしていると、このイスズミとサンノジが入れ食い。いずれも1~2kgもある立派なサイズ。ファイトが面白く楽しいのだが、持ち帰るわけにもいかないのでリリースを繰り返していると、背後から声をかけられた。70歳くらいのおばあちゃんである。

「その魚を捨てるなら私にくれないかね」そこで私は「でもこれ臭いですよ。食えたもんじゃないですよ」というと、「その磯臭さがたまらなく好きなんだよ」ときた。目を丸くして驚いている私に、ただただニコニコしているおばあちゃん。そこで2尾のイスズミをあげると、喜んで帰って行った。さらに数時間後、お礼だと言って、山のようなアシタ葉をもってきてくれたのである。

三宅島のイスズミ

 なるほど、臭い外道でもまともな食材に物々交換ができるのだと、改めて感心した。といっても、実は私は、アシタ葉は独特の香りが大の苦手。結局臭い魚は、香りの強い野菜に変身したものの、自分では食べられないことに変わりがなかったというわけだ。

 さて、一般的には美味しい魚とされていても、その個体の食性によって磯臭くなるケースもある。冬の魚であるアイナメによく見られる。磯臭いアイナメは、腹を割くと決まってカニが詰まっている。クロダイでも落とし込み釣りで釣れるものは、磯臭い確率が高いのは、その食性によるのである。夏のカニなどは身が磯臭くなる代表で、コマセのオキアミを食っている魚は臭くならないようだ。メジナも以前は、冬場以外は磯臭い魚だったが、今では1年中美味しく食べられる個体が多くなった。アイナメのように、食べることを楽しみにして持ち帰ったときに磯臭かったりしたら、そのガッカリ度は天文学級。体中の力が抜けて、茫然と魚を眺めるしかなく、恋人にふられた以上に絶望感と喪失感が襲ってくるのである。


 
 
 

Comments


最新記事
アーカイブ
タグから検索
bottom of page